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「のしろ(能代)日本語学習会」 活動日記



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小学校での取り出し

2010.10.24(03:50) 89

新潟からの見学者2名を連れて、F小学校に出かけた。
F小学校には、中国とフィリピンの子ども(K1・k2君)や、日本人の父親と外国籍の母親の間に産まれた子供達(日本国籍)が在籍する。

F町の素晴らしいところは、たった一人か二人の外国籍の子どものために、町単独で日本語非常勤講師を学校に配置(坂本さん)し、一週間に一度、日本語支援アドバイザーとして北川を学校に入れている。


日本語がペラペラだから日本語支援者を配置するのは不要(何を持ってペラペラと決めるのか)とか、母親が外国人でも、子どもの国籍は日本なのだから日本語支援は必要ない・・・多くの教育関係者は思っている。
日本語支援者さえ不要と思う町なら、北川の存在自体が?なのだと思う
(20年に近く市内の学校に入っているが、いまだにボランティアでしかやらせて貰えない・・しかし、拒否はされずタダで入るのは歓迎なんですよね)


東北の限界集落と呼ばれている町で、外国にルーツをもつ子どもへの支援に真っ正面から取り組んでいる姿勢に、教育の本質を見せてもらっている気がする・・・
外国人集住地域ではない町で、子どもの日本語支援の模範になる学校だと、訪問した日本語関係者は必ず言う

その意味では有名な学校なので、毎週金曜日の日本語取り出し授業には来訪者が多い。学校も生徒も慣れたもので当たり前のように視察見学を受け入れてくれる。

日本語教室はいつもオープンで、見学者歓迎である・・・校長が時々顔を出してくれるのは、学んでいる子供達にも緊張が?!あり、自分たちは決して学校から疎外されていない人間だという証明になる(教師達の見学も、子供達が休み時間に顔を見せるのも厭わない)

来訪者にF小学校の校長先生が言った「日本語指導を見学すると、これは日本人の子供達にも必要な支援だと感じます。外国籍の子供達だけではもったいないくらい大切な学びです・・私達が気づかなかった視点を教えて貰えますから有り難いです。何より子供達が明るく楽しそうなのを見て下さい」

いつものように楽しく厳しくお客様にも手伝って貰いながら授業をする(2時間の取り出し授業で、休み時間は特に設けない・・子どもの学びは持続しないと言うが、対応次第で休み時間無しでも続ける子供達を見ている)

取り出し授業の内容については坂本さんのブログをどうぞ・・・

そこへ・・三年の担任が入ってきた。
「すみません・・算数の授業で理解できないところがあったみたいで、説明しているうちにk子が泣いてしまってどうしようもないんです・・どうしたらいいのか・・今日は北川先生が来る日だと思って・・私の説明が悪かったのか・・」k子は母親が中国人・父親が日本人との間に産まれた日本国籍を持つ女の子だ。

以前から、母親の日本語の未熟さが影響していると思える発話が多い子どもだったので気になっていた・・日本国籍の場合、何か問題が発生しないと関われない子供達が多い。

教室に行くと机に突っ伏してエ~ンエ~ンと泣いている・・親の日本語指導をしているのでk子とは顔なじみである。「どうしたの?算数が分からなくて悔しかったんでしょう・・先生がせっかく教えてくれているのに・・ナンカわかんないところがあるのね・・それが悔しいのかな」

大きく首を縦に振ったk子・・この子は負けず嫌い(母親に似ている
頭が良いので、2年生までは人の真似をしているだけでも学校の授業に付いていける・・しかし、日本の授業は、日本語を理解している人にのみ対応する教科書であり、日本の学校の先生は、全ての子どもが日本語の基礎を持っていると思い発話する。小学三年の国語は日本語の基礎・・同時に三年の教科書は全て日本語の基礎が理解してる上での解説となる・・子どもが一番悩む学年でもある(日本人の子どもも同じ)

子供達は勉強が分からないのではなく、日本語が理解できないのだ。
k子に・・「今度から金曜日は、日本語教室でみんなと一緒に勉強してみようか・・教室で担任の先生に教えてもらうと他のみんなに迷惑をかけるもんね・・それがチョット辛いもんね・・分からないところに、イッパイ丸を付けて置いて金曜日に一緒に勉強しよう・・担任の先生に許可をもらおうね」・・k子は、チョッピリ顔を上げながら「ウンウン・・」と頷く。

担任の先生「ヨカッタね・・金曜日にはそうしよう・・分からないところを教えてもらおうね」
言葉に出して言えない子どもの辛さを理解してあげられる教師が居てくれるだけで・・子どもは生きる希望を持つ

日本語をきちんと指導してあげれば・・子どもは、自分が何が分からなくて理解できないのか発見する
取り出すと教科が遅れたり付いていけない子どもが出てくるから取り出し授業をしないと言う指導者が居るが・・日本語指導をすることで、教科に付いていけないようなら日本語指導者の未熟さだ。

教科や算数の答えを教えるために日本語指導者が居るのではない。まして担任の代わりに日本語指導者が居るのでもない・・・あえて言うなら、担任に戻すための日本語支援であるべきだ。

それらを、教師にも日本語指導者にも理解させる役割と、子供達の声に出せない心の叫びを受け止め、学校に伝える役割、そして、母親達に日本語教室で指導している立場の自分だからこそできる役割が、その全てをきちんと伝え、母親としてできる最善の方法に協力をしてあげる事なのだ。

そのネットワークを構築する20年だったといえるかもしれない・・



新潟からの2名が・・授業を見学し、学校長と話し子供達を見て言ってくれました。

能代教室は有名なのは知っていますが、初めて子どもの日本語支援を見て思いました。
子供の日本語支援はどうあるべきかを発信する役割もするべきです。

楽しいだけの教室なんかじゃない・・ずっとハイレベルな授業をしていて、人として生きるための支援をしている
んだと言うことが分かりました。
田舎だからこそ・・・こういう支援の大切さや、関わる人達の意識統一があれば、実行できる事を理解させるべきだと思います・・

ヤッパリ分かってくれました・・嬉しいですね


外から来た人たちは理解してくれるのに・・・・・・ね
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2010年10月24日
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