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「のしろ(能代)日本語学習会」 活動日記



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大学に合格した中国帰国3世

2011.11.26(06:00) 192

中国から引き揚げてきた残留帰国家族(日中国交回復以来、何処の町にもそんな家族は存在するようになった)

中国帰国家族への対応は、町によってさまざまである・・・・帰国一世の支援は厚生省への報告義務もあり開示されるが、呼び寄せ家族や三世になると実態は明らかにされない。
地域では、日本人なのに日本語が理解できない(帰国者は高齢者が多い)とか、仕事もしないで生活保護を貰うしかない人達(日本語が話せなければ仕事はない)と厄介者として扱われている場合が多い。戦争で生まれた特別永住者だから、仕方のない部分もあるが、
その彼らを、全て一括りにして対応する支援のあり方に、私は疑問を持ってきた。

永住帰国者やその2世は働く場がなかったり、日本社会へ甘え、日本の国の責任だと考える帰国者も現に存在する・・・しかし、2世の皆さんの中にもキチンと働いて、一人の人間として自立している人達もいる(私の周りはほとんどが自立している)

私が日本語支援をするきっかけが、残留帰国家族だった・・・だからこそ、2世3世の人達に日本社会に媚びを売る生き方をして欲しくないと思う自分がいる

最初は、中国からの人達を助けてあげたいと思う自分の傲慢さから関わったことは事実だ(3歳から80歳までの残留帰国家族一家)。

しかし・・私が眼にした本物の中国のおばあさん(孤児を育てた養母)は、毅然として中国の文化を持っていた。
言葉も通じない異国の日本へ来た80近いおばあさんから、日本の残留孤児を殺さずに育ててくれた中国という国の悠久の歴史を感じた・・・亡くなった明治生まれの祖母を中国のおばあさんに重ねている自分が居た

中国の人達と関わるためには、大きな心が必要なのだと若かった私は思った・・もう亡くなってしまったが、中国から来たおばあさんとの出会いは、本物の中国という国との出会いだったと今でも思っている。

そのおばあさんとの関わりは中国人の本質を見せて貰ったと同時に、日本人は中国と言う国を一面でしか見ていないのではないかと反省させられた経験でもあった・・・・日本へ来た2世から産まれる子供達は、中国の文化と日本の文化を融合させる気概を持つ人間として育って欲しいと思えるようになったのは、そのおばあさんとの出会いがあったからだと思う。

人間の自尊心とプライドは、生まれたことが幸せだと思えなければ育たない感情だと思う・・だからこそ、大人が関わり育てていかなければならない・・世界中のどこから来た子どもでも希望を持って生きられる日本であって欲しい・・そう思って関わってきた・・しかし


中国帰国家族の2世3世は、中国語も未熟なまま日本へ帰国したいと切望する親の思いに振り回されるように日本へやって来た。
その2世3世には何の罪もないはずなのに・・・イジメや差別や孤独へと追い込まれる

しかし永く関わることで、この問題は中国帰国2世や3世だけではなく日本語が母語とはいえない子供達全てに共通する課題であることを知らされていく結果になる


残留孤児は日本人なのだから日本のことを知らないはずはないという偏見(3歳か4歳で捨てられた子どもに日本の文化を教える人が居るはずもない)
差別や侮蔑の言葉・・私自身も生まれて初めて聴く言葉を、日本人からどれほど聞かされたことだろう・・

人間は自尊感情やアイデンティティを持つためには、自分自身を肯定できる土壌が必要だと知らされていく
彼らに自尊感情を持たせる環境が整備されなければ、言語支援など虚しいだけ・・日本語支援は単なる押しつけでしかなくなる・・


中国帰国3世のH君は小学4年生で日本来たそうだ・・・帰国家族3世という可哀想なH君だから何でも許してあげなくちゃ、日本語が分からない障害者のようなH君を助けてあげなければ・・周りの優しさは、日本社会のルールを何一つ知らない人間にしてしまった・・

中学へ入ったとたん、・・常識がない・我が儘・自分勝手・・頭が悪い・・いつまでも子どもではないのだから少しは常識を考えろ・・・高校も無理だろうね・・
親も非常識だから仕方がない・・日本語を勉強しようとも思わない親だし働く気もないようだから・・子どもを高校へ行かせようとなど思ってもいないんだよね・・


私が彼に初めてあったのは、そんな烙印を押された中学1年のH君だった・・彼の眼を見たとき、子どもにこんな烙印を押させた一番の責任は日本人だと思った・・・彼は決して障害者ではない・・

まずH君に謝った・・非常識なんて言葉は、日本人の中でしか使えない言葉・・小さいとき日本人の考える非常識は何かを教える人が居たら簡単な話だった・・だから日本人はダメなんだよね(T君は驚いたように私を見た)

もう一度小学校から日本語をやり直そう・・君にやる気があるなら教える・・中学は3年間もある・・高校へ入れるかどうかも君の努力次第だけど、やる気があれば手伝う!!


彼は日本へ来た時の気持ちや、心の中にある思いを吐き出してくれた(この子は頑張れる・大丈夫だ・・そう感じた)

まず両親と話した。彼の心の叫びと、親としてそれをどう受け止めるのか・・中国帰国家族が日本で自立して生きることは難しいかもしれない・・しかしきちんと生きている人達も居る。
子どもに日本でどんな生き方をさせたいのか・・聞かせて欲しい・・と本気で話しあった。


T君は死ぬほど勉強した・・学校内での評価は気にするな(元々見捨てられていると笑った彼・・)
日本語を徹底的にやり直した・・まず、日本語能力試験2級を目指した(合格する)
その頃から、教科が理解できるようになってきたと彼は言う

レベルが低い高校だったが自力で合格した・・・大学に進学したいと言う彼に、その高校でに常に3番以内に留まることを条件に教室での学びを継続させた・・もう日本語ではなく国語を勉強する彼になっていた。
教室のボランティアはいろんな形で役に立つ人達が多い・・・英語だけ・数学だけ・・個々に教える人達が居る・・・彼は希望する大学へ、推薦で合格した

小中学校の教師も周りの人達も驚いているという・・彼にはその力があったのに、誰も認めてやれなかっただけなのだ・・

T君・・おめでとう・・・君を助けてくれた多くの人達の優しさを忘れてはいけない
どこの国にだっていい人もいれば悪い人や意地悪な人だって居る・・・それを跳ね返す力があれば何も恐いことはない

一番喜んでいるのは君の祖父母であり、君の両親・・・日本へ君を連れて来なければ私達との出会いもなかった。
戦争という悲劇が君の両親を生んだかもしれない・・でも、君にとってそれがラッキーに変わったとしたら私達日本人は嬉しい・・もしかしたら日本中のどこかに、君と同じような気持ちで生きている子供達はたくさん居るのかもしれない


中国帰国2世3世を育てる気概を、私達がもっともっと持たなくては・・君との出会いに感謝!!






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