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「のしろ(能代)日本語学習会」 活動日記



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Kちゃんの取り出し

2010.12.18(07:02) 110

F町の小学校から依頼され、日本語の取り出し指導に行くようになって何年になるだろうか・・この日誌とリンクしている坂本さんのブログにも書かれているように、外国にルーツを持つ子どもへの日本語支援は、学習言語支援以上にメンタルな部分で子どもを支えることができると言える。

子どもの日本語教育に関して大学や教育機関等で研究されているが、外国にルーツを持つ子供と一緒に歩み、泣き顔や笑い顔を見ながら成長していく過程に寄り添うと、必ず見えることがある。
子どもは、自分が外国人だからとか、日本語が理解できないから仕方がない等とは決して思いたくない。日本人の子どもと同じようにイヤ、それ以上に学び理解し、日本人と対等に生きたいと思っている。

日本語ができないことで優しくされることや未熟なままの自分が良しとされてしまうことに、本当は反発を感じている。子どもの目線こそ対等で平等だからだ。

F町の小学校は、子どもの無言の叫びをきちんと受け止めてくれる先生達が居る。そこに坂本さんも居る。

Kちゃんは、母親が中国人・・・日本人の父親だから、子どもは日本国籍を持つ。頭が良く自立心旺盛な母親は、必死で日本語で子どもに話し、周りにも母親が中国人だと知られないように努力した。
生活言語は耳で聞いた言葉で自然に取得できる・・ある意味、言葉を一言も発しなくても生きていける社会でもあるからだ。

しかし、学校という社会はそうはいかない・・・集団生活を強いられ、日本社会のルールの中で生きていかなければならず、それは全て点数で評価される。文化や社会習慣が違う国の人達にとって、頑張るというだけで対応するのは無理なのだ。

その一人の頑張り屋の母親が気づく前に、Kちゃんの方が壊れそうになっていた・・・小学3年生になってから先生の話す言葉が理解できない、計算や読解なら他の友達より大丈夫だと思うのに、先生の話す言葉の意味が分からない・・母親の話す言葉は、間違いが多いことに気づく・・・宿題をしても、きちんと教えてくれる人は誰も居ない(頑張れと言うだけで教えてはくれない母親・・解らないから教えて欲しいのに・無理なんだこの人に聴いても・)

kちゃんの緊張は限界だった・・教室で優しい言葉をかけて貰えば貰うほど辛かった・・悔しくて悲しくて情けない自分・・・教室で指名されるとチックという症状が出始めていた(子どものSOSだ)

F小学校の先生は、すぐに私達日本語指導者に相談をしてくれ子どもを救うための連携を図ることにした
母親へのアタックは私の役目・・・Kちゃんが先生と話したいと言っていると母親が話してくれた
Kちゃんへの細かい目配りは学校の先生達
Kちゃんの課題を探すのは坂本さん

そうして今日・・・Kちゃんの取り出し日本語指導が実現できた。

Kちゃんは、きっと悩んだと思う・・・3年生になってから日本語が理解できないと思われる悔しさを・

でもF小学校の生徒達は、日本と違う文化があることも、言葉が違うことで学校の授業が理解できないことも当たり前に受け止める・・・子どもの国際化教育など不要だと思うときがある
たった一人で良いから異文化の子どもを学校に入れ、その子にきちんと向きあう姿勢を教師が見せたら・・どの子も当たり前に異文化を受け止めていく・・言語の学びを当たり前に受け入れる・・それをF小学校で見せて貰っている

もしできないとしたら・・日本語指導者の力量と教師の姿勢だと言い切れる。
F町に住むKちゃんは幸せだ(N市はそれができない)

教室ではほとんど言葉を発しないKちゃんが、日本語指導の取り出しの時間では一生懸命言葉に出して話してくれた。
「どうする・これからも取り出しを続ける?・・イヤなら無理にしなくて良いよ・・でもたくさん覚えて教室に戻ったら、きっとみんなより分かるようになっているKちゃんになると思うけどな~」

Kちゃんは言った「頑張って勉強します。これからも御願いします・・」

ヤッタネ!!・・学校も日本語指導者も信頼されている証拠です。これで、この子にきちんと対応できる。担任教師も喜んでくれた・・モチロン学校長も教頭も(子どもを考えてくれる姿勢に感謝したい)

少ない外国人の子どものための予算は取れないので・・ニーズが少ないので予算措置は無理なんです、でもボランテイアでやってくれるなら宜しくと・・・教育者に不信感を抱きそうになる20年だが、F町は子供のためならといとも簡単に乗り越える。

今回のKちゃんへの措置が良い方向に行けば、子どもの支援の在り方を考える布石になる。これは文化庁にも報告できる事例でもある。母親を説得し、子どもに手を差し伸べ、学校全体で受け入れていく姿勢はモデルになる。

校長が言った「私も最初は気づかなかったが、日本語指導とは何かを目の前で見せられ、子どもが伸びていく現実を見たとき、これは学校が本気で考えるべきことであるし、日本人の子どもにも使える指導だと思った」

この言葉を、学校側から聞くことをどれほど望んだろう・・子供達への学習支援は、日本語指導者だけでは達成できない現実を知らされるたびに試行錯誤してきた日々だった・・

きちんと機能しているF学校の体制を嬉しく思う・・・・学校が、子どもの生きる夢を奪うことのない場所であって欲しいと思い、関わってきたことが理解して貰えたことに感慨を覚える。

私は日本語指導に関してはプロだと思うことにしている・・なぜなら、理論や研究ではなく答えを出してこそ評価される立場だからだ。子供達が活き活きと学校で生活し、大人になることに夢を持つ・・それがプロの仕事の答えだ。

kちゃんはみんなに助けられて自信を取り戻すと信じている。

F小学校の教師の皆様、そして担当の坂本さん・・宜しく頼みますね
Kちゃん、頑張ろうね・・みんな、いつも隣にいるからね・・
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