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「のしろ(能代)日本語学習会」 活動日記



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県民ワークショップに参加して

2011.01.14(01:39) 117

とても面白い講演だった。

しかし、参加者のほとんどが女性・・わずかな男性参加者は、講演など聞かなくてもきちんと家庭に関わっている・・

秋田を魅力ある地にするためには、男達に定年退職後に自分の身に起きる危機感を意識させなければ何も変わらないような気がした。まず、秋田県の公務員と名の付く男性諸氏に、萩原なつこ教授の講演を聞かせることから始めた方が得策ではないのかと本気で思った。

日本人のための子育て支援施策もままならないのに、多文化共生社会構築は、絵に描いたもち・・今の男達が考える多文化社会とはイベントと交流事業しか思いつかないだろうな~

ため息が出ると同時に、改めて日本語教室を継続することは、魅力あるまち作りを考える上で大きな意味があると思った・・

講演の中で、地域で何か始めるとき、たった一人しか外国人が入っていなくても、「国際」という文字を使って行動を起こす時代だと言う教授のお話しがあった。

教授の話を聞きながら、改めて今年で15回目になる日本語教室主宰の盆踊りを思った。
偏見と差別意識が強い町で、肩書きも地位もない日本語教室が主宰して盆踊りをおこなうのには勇気が要った・・
踊りと着付けの先生の心意気と、教室に関わってくれるボランテイアの真っ直ぐな気持ちが、支えてくれた。

余分なお金があるわけでも、どこからか寄付がもらえるわけでもない。照明器具も大工さんから借り、軽トラックに提灯を下げ電気屋さんの協力で曲を流し40名から始めた盆踊りだった。

国際盆踊りと名付けられなかったのは、潰されてしまうと恐れたのが本音だ。町からはずれた場所での盆踊り・・
教室の受講生達に楽しい体験をさせたかったが、公にするな!とお叱りを受けた記憶は忘れない。

国際交流と唱えるのは欧米系との交流という風潮の中で、過疎化少子化対策のお嫁さんとしか観てもらえない外国人は、町の負の部分と考えられていた。
そんな時代が確実に存在したのだ・・だからこそ、日本語指導は欠かせなかった(母語保持など言える環境ではない)

14年目の盆踊りは市民総勢400名の参加、場所も町の中心にあるケヤキ公園で開催できるようになって5年目になる。

萩原教授の講演は、背中を押してもらったような気がした。
「もう、恐れることはない。多文化社会は当たり前であり、地域住民として生きている外国人にこそ、真の支援をしていく姿勢は間違っていなかった」

今年の盆踊りは「のしろ日本語学習会 国際盆踊り大会」として開催しようと思う。

今までは、教室の人たちを守ることに必死だった。もう身構えなくても協力してくれる人たちが居る。
外国から来た人たちがたくさん参加できる盆踊りにしていくことが、これからのあり方かもしれない。

次の時代に向けて・・歩んでいくために・・



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