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「のしろ(能代)日本語学習会」 活動日記



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O市日本語教室に関わって・・

2011.01.27(05:27) 118

7年前、前任者から引き継いだO市の日本語教室は、関わっていた3名のボランテイアが虚しくなるほど地域住民の関心は皆無でした。

永年日本語教室に関わって分かったのは、地域の日本語教室に関わるためには、留学生や大学生に関わる意識では教室は継続できないということです

地域の日本語教室・・・日本語教室を可哀想な人たちが集まる場所として捉えているうちは、受講生は継続しません。在住外国人は障害者でもなく負け犬でもありません。ある意味、強かで自立心が旺盛だからこそ日本語教室に来るのです。来日目的が日本で働くことや、生活者として生きていくことなのですから、自己満足な交流レベルで関わる人達の教室や、コミュニュカティブな日本語を学ぶための教室には継続して通いません。実践日本語を学べる職場へ行く方を選びます。

しかし、日本語の基礎(辞書レベルの日本語)は必要ですから、意識がある受講生や学ぶことを義務づけられている人は必ず教室には顔を出します・・・学ぶ意識がない外国人達は教室にも顔を出しません(ここがミソです

今、日本にある地域日本語教室は、ほとんどがボランティアです。ボランティアは優しくて良い人たちの集まりですが、自己責任の関わりであり、いつ辞めても良い人たちの集まりです。
そのボランティアが、強かに生きるために来日した人たちのに必要なコミュニカティブな日本語を教えられるはずもありません。地域の日本語教室に来る人たちは、留学生のように時間も暇もある人達ではないからです。

じゃ日本語学校に行けばよいと思う人達がいるようですが、生活者として地域に在住する人たちのための指導を目的とする日本語学校は皆無なはずです・・理由は、確実に成果を出さないとお金にはならないし、生きることに密着した日本語指導マニュアルは何もないのが現状だからです。

今の日本社会で、地域の日本語教室を継続していくためには模索の日々です・・・外国人がその地域に生きると言うことは、その自分が生きる地域全般を知らなければならないという大きな課題があるからです。

しかし・・20年関わって見えてきました
日本語教室に関わる人達が、ここで生きていく貴方達と手を取り合う私達だという意識を前面に出すことで80%の問題が解決できます。

外国から来る人間が全て悪人ではありません・・都会に住む人達の中には、最初からそれが目的の人も存在するかもしれませんが、少子化過疎化する地方の町に来ても何の得もありません。時々欺されたという田舎の人たちが居ますが、必ず日本人が介入しています。国際化する日本社会に対応できる人材が田舎には存在しないことを見抜いた日本人の起こす犯罪です・・・捕まるような外国人が起こせる犯罪ではありません。

でも、犯罪も起こさず過疎化する地域でまっとうに生きている外国人ほど、新聞記事の偏見や本人達には関係のない事件で肩身の狭い思いをします・・・これから国際化が叫ばれている日本社会の縮図なのかもしれません。

だからこそ日本語教室は、日本の国際化に大きな役割を担えると思うのは穿ちすぎるでしょうか・・
地域日本語教室の役割を見つめなおすことは、私達の日本社会を見つめなおすことに繋がります。
言葉は社会と共にある・・言葉は生きている・・私達日本人も、どこかに忘れてしまっている「言葉の力」を教えられます。


学ぶ意識のある日本語教室に顔を出す外国人は、ある意味、町の力になれる存在になる人たちです。
こちらがきちんと向きあえば・・きちんと受けてくれます

前任者から受け継いだとき、この教室の外国人を一人の人間として向きあうことから始めなければならないと決めたO市の日本語教室でした。コツコツと継続してきたことが今、ようやく地域の中に根ざし始めています。
受講生が増え、大人が子供を連れて教室に来ます・・日本語教室は、分からないという言葉を当たり前に使ってもいい場所だと子供達にも分かってきたようです・・宿題を持ってやって来ます

ボランテイアの皆さんの努力が実り始めてきました・・・ボランテイアと言えども、報われるべきだと思います。
受講生達にきちんと教えられるようになるためにも指導法を学んで下さいと言い続けてきました。
外国人が何を不思議なのか、日本語の何が理解できないのかを知るためにも日本語の教授法は必要です。

関わる私達自身が学ぶ姿勢を見せたとき、受講生達は、その3倍も学ぼうとします・・生きるために必死な人たちだからです。

能代市、F町、O市・・・少しずつですが町が変わっていきます。笑顔の外国籍住民が増えていきます。
その中で生まれた子供達が、自分が生まれた町を好きな大人に育って欲しいです。

成果は10年後に表れるのかもしれません・・それでも良いと思っています
彼らは国際化する日本社会で、確実に町に必要な人材として生きて行く人たちになっているはずです。

日本語教室が、多くの人達の思いやりと信頼の元で作られているのですから・・・本当の優しさは、その優しさを受けたものだけが持つことのできる特権です。

でも・・優しいだけでは生きていけないと、時には尻をたたくこともしなくては・・



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