タイトル画像

スポンサーサイト

--.--.--(--:--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「のしろ(能代)日本語学習会」 活動日記



スポンサー広告 トラックバック(-) | コメント(-) | [EDIT]
タイトル画像

お花見で・・・・

2011.05.09(11:22) 142

3/11の地震から自粛ムードが高まり、楽しむのが悪いことのような雰囲気がある日本。・この連休中は「自粛せずに楽しみましょう」とテレビやラジオで報道されるようになり行楽地は賑わいを取り戻していたようだが・・

本音を言うと、被災地のあまりの悲惨な残像が頭に残り、知らず知らず萎縮してしまっている・・人間であれば当然の思いだろう

「大声で笑う、笑顔が溢れる、美味しいと言う、身体全体で嬉しさを表現する」・そんな表現を、自分自身でセーブしてしまっている・・教室を開始し、子供達が大きな声を出さないように、笑わないように務める姿が見られるようになり、このままではいけない、大人が子供達に笑顔を取り戻す方法を考えるべきだと感じた・・・
被災地の皆さんの苦しみは理解した上でなお、お花見会をするべきだと決めた。外でやれるものなら何が何でも青空の下でやりたかった・・

それほどに、今回の災害と原発事故は、教室の仲間にも大きな影を落としている・・
しかし、子供達の持っている情報はテレビの映像だけだ・・・現場で行動した人達は、壮絶さを言葉では言い表せないと言う・・日本は本当に立ち直れるのだろうかとも言う・・それほどに絶望感に満ちている
その雰囲気が子供達にも伝わっているのだ


もう一度、子供達に前を向いて歩けと言わなくては・・下ばかり向いていても何も生まれない・・被災地の子供達でさえ振り切ろうと必死で生きている・・私達が元気で前を向いて歩いていたら、いつでも誰かを助けられる・
長期的に向き合える・・そんな人間でいるためにも笑顔を無くさないで欲しい・・そう思って、今年のお花見会を開催した。

日本語教室の誰もが、差別やいじめや疎外感を持つ経験をしている・・だからこそ、被災地の人達の気持ちや、苦しみが理解できる・・しかし、そんな経験を経た人達だからこそ、たくさんの人達の力になれるはずだと確信する
日本語教室のみんなには、困難に立ち向かう強さを無くさないで欲しい

どうか笑顔が似合う思いっきり良い天気を、私達に与えて下さい・
奇跡が起こった
たった一日だけの晴天・・子供達の心から発する笑い声と、女の子達が相撲をしたいと思うほどの暖かい空気・・・・お陰様に感謝だ・・50名以上集まったステキなお花見になった・・


お花見でのできごとを・

アメリカから来たALTのJ君・・・昨年の6月に教室に表れたJ君は、日本が好きで何度も日本に来ていたそうだが「ソウソウ、キミのタダシイネ、ボクキライヨね、ダメダメね、アイシテルetc・」会話が成立しないのだ。「誰もボクの日本語を変だとは言わなかった・・直した人もいなかった」と言う。どうしてキチンとした日本語を教えてあげないのだろう・・相手に不快感を与える言葉だと本人は知らずに使っている・・言葉遣いを直したいと言う彼の要望を聞くことにした・・・あれから1年・・・

彼が日本へ来て、初めてのお花見だ。日本酒の一升瓶(ドピンク)とワインを抱えて参加してくれた。
避難せず能代に残ったALTだ。とてもカワイイ日本人の彼女を連れて参加「この人達がボクの日本語教室の皆さんです。この人が日本語の先生です。恐いけどとても良い先生です」と彼女に私達を紹介してくれた。みんなにお酒を勧めながら話しをしているのを見て、80歳の男性ボランテイアが「目が黒くて茶髪じゃなかったら、まるで日本人だね、好青年に変身したもんだ」・・確かに、誰も1年前の彼を想像できないだろう・・

日本人になることが良いと言うのではない・・彼は今の日本を楽しんでいる・日本人でも見つけるのが困難な信頼と絆という、大切なものを身体で感じてくれている・・彼は日本でたくさんのボランテイアに参加し、ALTとしても評判がよい。一番嬉しかったのは、彼女?に教室の仲間を紹介したいと思ってくれたことだ・・韓国・中国・フィリピン・ロシアなどの多い教室のお嫁さん達がいる場所を、堂々と紹介する彼・・「ボクはこの人達がいるから避難しませんでした」・・・子供達が「ふーん」という顔で聴いていた(笑)
私が飲まなかったので、一升瓶に残ったドピンクを私に持たせてくれました・・今度一緒に飲もうね!


中国のSさん・・・花見の前日、お米を担いでやって来た。お花見でおにぎり握るでしょう、お米を差し入れたら良いかなって思ったから持ってきた。先生使って下さい・・私も参加するけど手伝えなくてゴメンね・・残ったの先生食べて下さい・・ドタバタと帰って行った(笑)


フイリピンのMさん・・・お花見には大量のフィリピン料理を差し入れてくれる(鍋でたくさん)
中国のSさん、Rさん・・餃子を持ってきて大鍋にお湯を沸かして、できたての水餃子が食べられる(アツアツ・モチモチ)

中国料理のお店を経営しているWさんは、差し入れをたくさん持ってきてくれた(ピータン・・)


仕事で参加できない人達も居て残念だったが、今年のお花見は、やっぱり少し違っていた・・教室の仲間を意識したお花見だった気がする・・一つの絆が出来つつある・


日本語教室の持つ意味を、改めて考えさせられた今回の災害だった


能代公園の桜の木々の斜面を登ったり降りたりする子供達・・「アブナイゾ~気をつけてよ~」「大丈夫だよ・ホラ!」と答える子供達・・楽しくて嬉しくてたまらないという笑顔

この公園は、意外に子供達が冒険するのに丁度良い場所が多いのねーと言ったら・・彼が言いました
「この公園は、俺たちが小さいときスキーをしたり春になると走り回ったりした場所だったよ。だから子供達が楽しいのは当たり前だよ」

そうでした・・遊ぶものが何もない頃は自然が遊び場・・道具なんて何もいらなかった
N子が言いました・・・電気がなかったらテレビゲームなんて出来ないんだものね・・
みんなで追いかけっこをしているとフィリピンの時を思い出す・・日本は電気を使いすぎるんだよね・・私も忘れてた・・

子供達にとって、苦しみは必ず大きな糧となる

子供達の笑い声が・・大人達の心に励ましをくれる・・それを実感したお花見でした
差し入れを下さったりお手伝いして下さった皆様に感謝です!・・仕事の人達は残念でした・又の機会にね
関連記事

「のしろ(能代)日本語学習会」 活動日記



<<日本語指導者からの自立 | ホームへ | 4月29日(昭和の日)能代公園で、「お花見交流会」>>
コメント
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://njsl016.blog104.fc2.com/tb.php/142-b9f28750
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。