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「のしろ(能代)日本語学習会」 活動日記



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離婚

2010.08.24(01:53) 63

結婚5年目のJ子(フィリピン)が正式に離婚して今、東京に居ると電話があり、離婚に到る顛末と自分自身の思いを語ってくれた


明るくて気っぷの良い姉御肌の彼女は、夜の仕事で御主人と知り合い結婚したそうだ。
仕事になら十分なほどの日本語発話能力を持つ彼女は、お店に来るお客さんから教えて貰い、3年前に日本語教室にやって来た(地域で教室が認知される事は、こういう形で広報されていく場合もある)

彼女は「自分のような者でも読み書きができるだろうか・・結婚したのに、読み書きができなければ子供をつくる事にも自信が持てない・・日本人の家族にバカにされているのが分かる・・」
ひらがなも読めない惨めさと、日本社会で住民として生きるための術を持たない自分に苛立っていた。

仕事で生きる日本と、地域住民として生きる日本は天と地の差がある・・これが、外国人が日本で生きる現実なのだ・・J子の苦しみはイヤと言うほど理解できた。

本気で覚える気があるなら教える・・本気で日本で生きていく気があるなら生きる術も教える・・休まずに来る?
夜の仕事をしていても構わないけど、木曜日の昼教室はAM10時からだけど起きて来れる?
覚えたい、ひらがなを書いて読めるようになりたい・・それが最初の出会いだった。

まず「あいうえお体操」から始め、五十音表が読めるようになると面白いように吸収していった。
仕事で明け方までお店に居るときもあるそうだが、きちんと化粧して(これは欠かさなかった)AM10時に教室に来る。
時々、お店のお客さんとの会話で失礼な言い方をしたのではないかと質問するようになり、お店のママの評判も良く(読み書きができる事は信用度が違う)夜の仕事ながら評価が高い彼女だった。

しかし日本語を学ぶ事により、夫の人間性や生活態度等、意識レベルの違いが見えるようになっていく彼女が居た。そして彼女の働きに依存しながらも、お店で頼られる存在になった彼女を夫は疎ましく思うようになる。
今年に入ってから、上手くいかない結婚生活悩んでいた・・・逃げようかなと考える事もある・・と


教室では、いつも受講生達に言う「能代以外で生きることを選択する場合があるかも知れない。嫌なことがあるかも知れない。でも、ここで教える日本語は、どんなことがあっても逃げないで立ち向かうために教える日本語だと言うことを忘れないで欲しい。丁寧な言葉遣いと、相手に理解してもらう日本語を教えている理由は自立して日本人と向きあって生きて欲しいと思っているからです。どうしてもそれが叶わない時は、この教室がある事を忘れないで欲しい」・・と

彼女は、離婚したい旨を本人と家族に直接向きあって話したそうだ。他に男が居るわけではない、自分と貴方達の息子(御主人)は、お互いに考え方も生活意識も違うので子供を作っても幸せにはならないと思う。お互いに今のうちならやり直しができるので離婚させて欲しい・・・教室で学んだ日本語と言葉遣いと態度を全部使って一生懸命話したそうだ・・思ったことを正面から向きあって話したら理解してくれると信じて・・

御主人も家族も言ったそうだ・・「私達にはもったいない嫁だった。もっときちんと話したら色々なことが分かり合えたと思うのに残念だ」・・その言葉が嬉しかったと彼女は言った。

彼女はその後、お店の人達やお客様やお世話になったみんなに手紙を書いた・・・もちろん私も貰った・
心づくしの品物と一緒に「おせわになりました。ほんとうにありがとうございます。せんせいのおかげです。かんしゃします」・・自筆で書いてあった(心遣いは日本人以上かもしれない・)

東京でやり直す事になった35歳の彼女に「子供を産むならソロソロだよ・・貴女ならきっと良い母親になれると思うから夜の仕事をするのは辞めて欲しいけど・・良い人を見つけて幸せになりなさい。能代に居たら教室のみんなが手伝ってくれるけど、東京は無理だから自分できちんと日本語を勉強しなさいね」そう言った。

J子は「東京に来て一番後悔しているのは、日本語教室に行けなくなったことです。能代のお店のママ達も、離婚しても能代に居なさいと言ってくれましたけど・・東京で頑張ってみる・・どうしても辛かったら能代に帰るかも知れない・・先生、時々は電話しても良いですか?」

電話で日本語の力をチェックしてあげるから、時々は電話で話そうね・・自分でそう言ったとき、私自身がOPI資格を取った事は、もしかしたらこういう時に役立つのだと思った。

J子が逃げずに、自分自身の力で離婚にまで漕ぎ着けたのは日本語を学んだことに尽きるだろう
離婚するために日本語を学んだわけではない、幸せになるために言葉を学んだはずなのに自ずと見えてくるものが彼女に離婚を決意させた・・

外国人への支援だと思いながら関わってきた20年の活動・・言葉を学び理解する事は、一人の人間が自立する事でもある・・
もしかして、日本で生きる彼女たちの人生の選択基準を真摯に見つめなおすことで、日本社会の歪みが分かるような気がするのは・・間違いだろうか・・

「言葉は単なる道具ではない、心と知性を表す」・・私が好きな言葉だ

J子の幸せを心から祈りたい!!


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