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「のしろ(能代)日本語学習会」 活動日記



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障害児と言われ

2010.08.30(03:33) 64

日本語教室に来るお嫁さんの99%は子供を生む。過疎化地域の嫁貰いの本音は、跡継ぎが欲しいからだ。
年老いた両親が息子のために斡旋紹介で東南アジアからのお嫁さんを求める理由は、日本人に近い顔立ちの孫が欲しいからでもある・・・・

外国籍の母親からの依頼で、子供の病気等で医師との面談に一緒に行ったり、出産に立ち会ったこともある(出産時の緊急時に備え、夫と医師の了解もと)

福祉だ子育て支援だと言われてはいるが、田舎の町での出産や緊急時の通訳者は不在であると言っても過言ではない。
今までボランテイアでおこなってきたが、国際化や多文化共生社会を国の施策とするなら、この部分は行政がきちんと取り組む問題だと考え、福祉課の窓口に相談する形をとっている・・・・結局、こちらに回ってくるが、私自身は能代市では何の肩書きも持っていない人間なので、能代市の窓口担当者に、自身の説明をする方が疲れる作業である。
貴女は何者?・・どういう肩書きで外国人の事を聞きに来るのか?・・身分証明は?・・・個人情報保護法の時代に誰の許可を得て来たのか・・・・アーそうですそうです・・もっともです・・最近の市の窓口担当の若者達は北川のことを知りません・・市職員とすれば何の肩書きもないオバサンにぺらぺらしゃべれないのもごもっとも

誰か~私に肩書きをくれ~・・20年前と比べ、ボランテイアのオバサンには厳しい時代なのです

そんな中・・・フィリピンの母親から子供のことで相談を受けた。
来年、小学校へ入学する日本人の夫との間に生まれた子供が、障害児と診断されたそうだ。

彼女は日本語教室へ半年通ったが、妊娠が判明して以来、体調が悪いと顔を見せないまま辞めていた。男の子が3歳の時、定期検診のついでだと教室へ顔を出してくれたが、その子は無表情で言葉を発しなかった。乳幼児検診で何か言われなかったかと聞くと「おばあちゃんが連れて行くので自分は何も分からない。自分の子供は、他の子供と違うような気がするが誰も教えてくれない」と言う。

福祉課の定期検診担当者に問い合わせると、障害の疑いがあるが、現段階では確定できないので様子見の状況であり、母親には障害児教育相談の場所へ一週間に2回、子供を連れて行ってもらっていると言う。

外国籍の母親で日本語が理解できない女性であることは承知していると思いますが、母親へは、子供の状況を説明しているのですかと聞くと・・「父親とおばあさんが理解しているので大丈夫です」との答え・・生みの母親が、障害と疑われている子供の状況を理解しないまま送り迎えだけはしている・・あれから3年が経った事になる

中国やフィリピンなどでの障害児への対応は過酷なものだ。そんな国から来た人たちにとって、障害児を産むと言うことは、子供を殺すか自殺するか逃げるなどの辛い状況に追い込まれると・・考える日本人は居ないだろう・・

日本社会の福祉や障害者への支援は、東南アジアの中で特出しているが、それらを外国籍住民に理解させる情報は何処にもない。担当者も、言葉が理解できないという理由で母親に教えようともしない。日本語教室で地域に貢献できる人材(通訳者)が居ても、それらを活用できる行政担当者が居なくては意味がないことになる。


当日は、子供の入学を、普通学校にするか養護学校にするかの最終決定日で秋田から専門官が来る日になっている。夫と一緒に行く予定だったが、夫が行かないと言うのでどうしたらいいだろうか・・という相談だった。

子供を連れてフィリピンに帰れと言われるが、帰っても子供を育てる所がない。
友達に相談したら、子供を置いて逃げれば父親が育てるから大丈夫だと言われた・・でも寂しい・・子供が可愛そう・・私は死にたい・・日本語も話せない外国人の私が産んだから子供が障害になった・・そうでしょ先生・・


違う!!・・そうじゃない!!
外国人が産んだからダメだというなら、斡旋でもらう選択をした日本人の夫に一番責任があるはずだ。

昨年まで「秋田県地域国際化アドバイザー」の名前でさまざまな場所と対応してきたが、今はその肩書きが使えない・・・しかし、この問題は見過ごすわけにはいかなかった・・
教室がある日だったが、ボランテイアの人達の了解を貰い、母親と同行し名刺を差し出して専門官と対面した。
(対面後、今はこの肩書きが無いことを説明したが、居てくれて助かったと言われ、どうして貴女のような人を県は置かなくしたのか疑問ですと言って貰った・・どうしてかな?・・私も知りたい)


専門官との相談日だと言うこともあって、日本人の母親達も子供を連れて来ていた。「日本人の母親にだって障害児が生まれる事があるんだから、貴女が外国人だからと言うわけではない。でもね、どの母親も子供を育てるために一生懸命努力する。日本は、そういう子供達だって大切に育てるし、生きていく道を考えて行ける国なの。だから貴女も日本語をきちんと勉強して自立して行く方法を考えよう・・父親に子供を置いていこうとか、死ぬなどと考えないで、一人でも子供を育てられる母親になるように頑張ろう・・手伝うからね」

現在の子供の状況と、専門官の意見を総合し、子供は養護学校へ入れるのが妥当な気がした。
福祉担当者に父親へ伝えてくれるように頼み、これからの入学手続き等に同行する旨、承諾をもらった(母親に説明するために)

男の子は母親の笑顔が嬉しいのか、教室に戻ったら他の子供達と喜々として遊んでいる・・・外国籍の母親を持つ場合、小学校入学時のテストで半分が引っかかる・・障害児と診断される事が多々ある。
今までその診断を全てひっくり返して普通学校へ入学させ、高校まで行く子供達を見てきた。

そんな中で、今回の事例は初めての事だ・・両親が決めることとはいえ、養護学校への選択が間違いでなければよいが・・子供にとって一番良い方法を考えられる支援者でありたいと、いつも思うが・・

私達ができることは、母親を自立できる女性にすること・・何年関わっても、新しい学びがある・・
生きるって辛いですね・・



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